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夢は変遷する 23歳にして方向性すら決まらない

小学校のときの夢

親の影響で医者になりたかった。小2の時に、救命救急の講習を受け、その事が地元の新聞の見出しになっていたのを覚えている。ただ、勉強は好きではなく、進研ゼミは3日坊主、英語の教材もゲームソフトの一種に成り果てていた。今でも覚えているのは、フランス語の学習ソフトで、「ウィ」しか覚えていません。

中学校のときの夢

父親から医学部に行きたいなら最低でも中学生の頃から勉強しなければ間に合わないと言われて断念。勉強への興味は一切無く、両親からこのままでは、高校浪人してしまうのでは、と心配されて、私立の中高一貫校に進学した(偏差値は40切っている中学だ)

中学では素行の悪い友人と一緒に馬鹿なことをいっぱいやったものだ。深夜徘徊で補導された経験もある。

勉強は友人の中では、勉強が出来る部類だったのではないか。ちゃんと授業に出席していたおかげだと思う。一応、そのお陰か、内部進学で高校に進学する際には、進学クラスに入ることができた。

この時の夢はない。今が楽しければいいんじゃないの?という事すら考えたことが無い。3年間は全くの夢空白期間である。

高校生のときの夢

内部進学時に、一般受験者と同じ入学試験問題を解かされる。その問題で、ヤマを張りまくって挑んだところ、運も絡んでいたが、進学クラスに入ることができた。

「俺って、結構出来るんじゃない?」と当時思ったぼくは、東京理科大学を志望校に設定して、勉強を始めた。高校1年の春から始めれば、おそらく受かるんじゃないのか、と淡い希望を抱いていた。

電車通学の時には必ず、英単語を片手に持ち、英単語を覚えていた。授業は必要な科目以外、全ての科目で内職していた。体育の時間は単語帳カードを持ちながら、走ったり、ボールを蹴っていた。

1年の終わりに、テレビで顧みられない熱帯地域の感染症(NTDs)の番組に感銘を受けたぼくは、東京理科大学薬学部で感染症の研究室に入り、薬剤師資格取得後、長崎大学大学院に進学しようと決めた。

しかし、小中学生時代の不勉強のツケが、効率の悪い勉強を誘発、凄まじい勉強量に見合わない成績を連発した。特に英語は一番重点的に勉強していた科目であったが、高校3年の終わり、受験シーズン最後の模試では偏差値42程度だった。

あまりに英語が出来なかったので、英語教師から、小テストで毎回、怒鳴られていた。「怠け者」「授業に出るな」と言われたり、張り手を食らわされたり、授業で意図的に無視されたりした。いじめにあった時も、真面目に取り合わず、有耶無耶にされ、休学を勧めるだけだった。毎日、家では泣き叫んでいた。真夜中でも、早朝でもお構いなしに。通行人を怒鳴りつけたり、壁に穴を開けたり、物を投げたりした。

大学受験では東京理科大学を受けたかったが、両親に猛反対されて断念。薬学部に行きたい気持ちは変わらず、昭和大学、昭和薬科大学、東京薬科大学、武蔵野大学、明治薬科大学、星薬科大学、国際医療福祉大学、松山大学、帝京大学、帝京平成大学、東邦大学、日本大学を受けるが全滅する事になった。

浪人生時代の夢

一年間、勉強漬けになるのだから、国立大学に志望を変更してしまった。第一志望を長崎大学薬学部にし、予備校に入って勉強することになった。

しかし、ある時、講義室の一番前の席が取れなかったショックで、予備校の授業に出られなくなり、自習室では、周りの人間がぼくの悪口を言っているように聞こえ始め、予備校を一度変えるも、悪口は聞こえ続け、予備校に行くことができなくなってしまった。これについては、すでに、高校時代から聞こえ続けていた。

それでも、喫茶店など、同年代がいないところで勉強を続けていた(同年代からしか、悪口は聞こえなかったためだ)。偏差値は夏には55を超える程度にあがっていた。このまま行けば受かるんじゃないか、そう思った。

秋、数学の偏差値が27まで下がった。夏には60を越えていたのだから、この減少は納得がいかなかった。マークシート式ではなく、記述式、まぐれだと思ったが、次の模試、その次の模試も、偏差値は30を下回ったので、うつ状態に陥ってしまった。

受験勉強に手が着かなくなってからは、ひたすら読書をしたり、フェルミ推定をやったり、自己啓発セミナーに通いまくった。理由は不明だが、ぼくは思いつめると、これらの事をし始める。大学時代も同じことをしていたので、そういうことなのだろう。

抗うつ薬を飲み、極度の無気力症を引き起こし、文字通り、布団から出られなくなった。怒りの感情も、悲しみの感情も抑圧され、頭の中は空っぽになった。浪人時代に受けた大学は、3月末に受けた少し前まで在籍していた大学であり、この一校しか受けられていません。

大学生時代の夢

大学入学時点での夢は研究者。やはり、NTDsの研究がしたいという気持ちが抜けず、大学院は長崎大学か東京大学と決め、学部内で一番イケイケの勉強グループに入り、勉強した。周りは全員、薬剤師になりたいと思って、入学しているのに、自分だけは畑違いの研究職、しかも臨床よりも基礎研究がしたかったので、早々に浮いた。

ある時、上級学年で受けるはずの講義を聴講する機会に見舞われ、数人の友人と一緒に聞きに行った。内容は「計算毒性学」なる学問領域で、星薬科大学の教授が講義していた気がする。簡単に言えば、毒性試験をコンピュータで行うもので、将来的には実験動物を殺す機会が減る、コンピュータを使う環境があれば、大手企業でなくても新薬開発が出来るのではないか、という内容だった。

ぼくはそれまでの感染症研究から、毒性学の研究にシフトチェンジした。が、1年生のペーペーでは研究室で研究させて貰える機会も、知識も無く、やる気が無くなった。

勉強グループも、人間関係が煩わしくなり、一年ほどでやめ、魔の2年生時代に突入することになる。

2年生になると、急に自分の目的を失った。何の為に薬学部にいるのかが分からなくなった。最初の半期で、ほぼ全単位を落とし留年。勉強に全く身が入らなかった。

2年2回目、前年度落とした単位の一つ「微生物学」の教授の授業を受けて、積極的に微生物学について学んだ。今でも自分のバイブルとなっている『ブラック微生物学』との出会いはこの時だ。1ヶ月間、一日平均6時間、『ブラック微生物学』を読むだけに費やし、微生物学への関心を取り戻した。

それと、英語。高校時代、浪人時代といい思い出が無いが、英語は好きな教科であり続けた。そして、学内で行われている英会話のコミュニティに毎日通い、英語を習得しようとした。

読書は年間で100冊程度、ビジネス書とか、自己啓発本は殆ど読まなかったので、一冊で10時間から30時間程度掛けていた記憶がある。小説なら『ドン・キホーテ』とか『アーサー王宮廷のコネチカットヤンキー』とか『1984』とか『UBIK』とか。ハワード・ベッカーの『アウトサイダー』から社会学や統計学に興味を持ったり、同じシカゴ大学のシカゴ経済学派の経済学にも興味を持った。

この時期は混沌としていて、将来の夢は「錬金術師」だった。「バイオ湿式練成法」と呼ばれる学問領域に興味があって、その道の研究をしたいと思ったからだ。「ウンコから金を採集する」とか、「鉱毒汚染を微生物の自浄作用で改善する」とか、カッコイイ響きも影響していたのではないだろうか。

錬金術師というのも、実のところ、薬剤師になるという夢を持ち続けていた証拠でもあった。古代、中世時代、薬剤師というのは呪術師の一種で、「pharmacy」の語源であった。世界一有名な薬剤師はボーエンハイム・パラケルススであり、彼は錬金術師としての側面のほうが有名だ。

あとは騎士道物語、駅前にボルフラム・フォン・エッシェンバッハ作の『パルチヴァール』が落ちていて、それを交番に届けたのがきっかけだ。拾得物が貰えるのは半年後、と言うことで、半年間、騎士道物語の基礎知識を勉強した。

ヴィクトリア朝後期に興味を持ったりもした。特に貴族階級の優雅な暮らしよりも、貧民街のスラムで暮らす貧困層や浮浪児、或いは田舎から都会に出てきた家政婦の生き様が好きだった。

そんなこんなで大学時代は混沌とし、そして何か一つの事に集中できる機会は喪失した。ぼくは続く、3回目の2年生では、真の意味で「全単位」を落とし、留年が確定。失意のうちに、大学中退になった。

追記:大学在学中は、特別な理由が無い限り、講義では常に一番前の席に座り続けた。また、テストでも、席自由であれば必ず一番前をとっていた。毎年、同じ講義を同じ席で聴講しているのだから、教員側としては迷惑極まりない事だろう。毎年、単位を落とすのだから。講義は4年間在籍して、中退を考えた時期や下痢になった以外で、欠席は2回しかしていない。

誰かに悪口を言われたり、むずむず足症候群になったり、百日咳に感染したりした時でさえ、一度として休むことは無かった。ウンコを2度、授業中に漏らしたが、その時は流石に早引けした。

あと、留学生と交流したり、サークルに入ったばかりで代表を一年だけ務めたり、芝生でピクニックしたり、ハロウィーンコスプレで授業を受けたり、毎日筋トレを欠かさずやったり、大学構内のトイレの綺麗さのランキング表を作ったりと、楽しかった思い出も多いし、これらが今の夢や進路に少なからず、影響を与えていると思っています。

2019年6月時点での夢

現在の夢は、ボードゲームデザイナー、小説家、プログラミングエンジニア、AI技術者、ブロガー、イラストレーター、同人作家、教養人、研究者、発明家、マッチョ、ネコミミパーカーの似合う姿、大学生、大学院生、実業家或いは企業家、サラリーマン、フリーランス、大富豪、世捨て人、シンギュラリタリアン、マルチリンガル、翻訳家、地球から脱出、永遠の命、インフルエンサー、紫綬褒章受賞者、子沢山、独身貴族、教祖、海外移住者、地球滅亡論者、AIに制御された人生、アンドロイド嫁、2次元嫁、3次元嫁、ここには書けない性癖の実現、親孝行者、キリト、ユーノスコスモ(20B)を買う、ソビエト製ロータリーエンジン車(KGB仕様)を手に入れる。

といった夢の実現のため、ブログを書き、外国語を学び、プログラミングをし、大学に再入学しようと試みています。働いていません。